薬物療法より心霊療法へ


 

昭和24年(1949)年

 

 

薬物療法より心霊療法へ

薬物療法より心霊療法へ   松本氏の投稿記事より
昭和24年(1949)年6月25日発行。。
フランスの大医ルネ・アランデイ博士は天然痘を予防するために種痘 を行うと、天然痘に罹り難くなるが、却って結核には罹り易くなると言う事実を指摘しています。この事は十九世紀末から問題になっていて一八八五年オースト リアでは、ウィンナー医学協会々報に千人中十四人の児童が種痘のために腺病質となった実例をあげています。またフランスボルドーの医師ピエロン氏は、成人 して結核に犯され易くなるのは、幼時の種痘の結果であるとの論文を発表しています。
さらにオランダにおいてドクトル・スレトマーケル氏が労働大 臣たりし時、氏は一九二九年オランダへーグにおいて開かれた会議の席上、ホフマン博士が、児童が種痘のために重大なる神経系統の疾患を起した実例百十八件 を挙げて、種痘施術を全国的に中止せんとする議案を会議に提出しています。
英国でもかつて政府が以上の問題に関し、各所の委員会に諮問し、ついに国際委員会がゼネバの国際連盟の衛生部で開かれた際、嗜眠性脳炎が種痘の結果であることが確認されたのであります。
米国においても、ニューヨーク衛生病院長たりしチヤールス・タイアーレル博士は服用薬無用論をとなえて『薬は病気を癒さない、それは自然の治療機能を補助 しないばかりか、それを遅らせるのである。薬はあらゆる病気にとって治療的効力をもっていないばかりか、増悪的影響をもたらすものである』と極言していま す。
またかつて米国アラバマ州の名医エームズ博士は『内外科医学雑誌に自己の臨床上の経験と観察』を発表し『肺炎の治療に普通の薬物治療を用い た場合、却って患者は苦痛を訴え、病気を増悪し、治療を完全にすることを遅らせた。かかる患者は突然衰弱したり、余病を併発したり、快方に向うような徴候 を見せながら突然死の転機を見た』と言っておる。
わが国でも、塩谷信男博士の如き医界の大家で無薬療法を施しておられる人もあり、最近薬物療法よりも精神療法に重きをおく医学者がふえつつあるようであります。
人間が=他の動物も同様であるが=病気に罹るとか負傷した場合、直ちにそれら病傷を癒やすいわゆる自癒作用が患者自らの体内から発生することは周知の事実で、医師はただその自癒作用を助ける役員を果すだけだと言われていました。
しかるに薬物の効果に疑問をさしはさむ者が続出し、しかもそれが医術の大家によって公にさるるに伴い一面霊的療法が盛に高調さるるに至ったことは注目すべ きことで、殊にこの現象が、一八〇三年ダルトンが実験上から提唱した『原子は絶対に不懐性であり、かつ同一元素の原子質量は全く同一であって、化学変化の 単位をなす』と言う原子の永劫不可分説がキュリー夫妻等のウラニュウム放射能の探究に端を発しあらゆる元素は陽電子と陰電子との組合せより成り、陽核の周 囲を陰電子がグルグル回っているものの姿であることが判明するにおいて根本より覆され、今や見ゆる世界、触るる世界、物質あるを知らず、エーテルあるを知 らず、ただ一切をふまえて起てる精なる電子あるを知るのみと唱えらるるに至り、世界中の科学者が唯心科学の殿堂建設に大回転する姿と平行しつつあることは 興味一入深きを覚えるのであります。
ようするに人間も霊的存在であることが明瞭になり、精神が主で肉体は従であることが確められたわけで、病気についても精神療法に重きをおくようになったのは当然と言わなければなりません。
人間は霊的な存在であります、神の造り給うたものであります、仏子であります、従って、絶対であり完全であるのが本来の姿であらねばなりません。人間各自 が自己本来の姿は完全であり絶対であるとの確信に透徹すれば、そこに大安心な得、身心共に大調和にかえり病気は去るはずです。
人間か自己本来の 姿を忘れ、絶えず不完全観に沈淪しまたは病的観念に囚われ心の調和を失う結果、霊肉一如―心身不二の理により病的現象を見るに至るので、神に祈り仏を念ず れぱ神仏絶対力の加被を蒙り大安心を得大調和にかえり病気は去るのであります。但し病気が去ると言うも、人間に自癒作用が生ずると言うも畢竟人間本床の姿 が露現することの別言に外ならぬのであります。
しかしながら、人間はなかなか絶対観に透徹することも神仏の絶対力に乗托(じょうたく)し切るこ とも出来難いのであります。理において会得しても三昧に入ることすなわちそれになり切ることは容易ではありません。しかるに近代心霊科学の進歩に伴い、霊 能の高い人の念力―霊波は他人の心霊に作用してその人の病的現象を是正することの可能が実験上明かにされました。かくして薬物療法より心霊療法に推移せん とするのが今日の状態であります。